激動のトラブルを越えて届く本物のアメリカーナ精神――GracieHorseがChris Cohenプロデュースの新作『Breaking and Entering』と先行曲「5 Card Stud」で見せる真骨頂

ロサンゼルスを拠点に活動するオルタナティヴ・カントリー/インディー・シンガーソングライターGracieHorse(Gracie Jackson)が、ニュー・アルバム『Breaking and Entering』のリリースを発表しました。かつてボストンのファズ・ロック・バンドFat Creepsを率い、2023年にソロ名義でのデビュー作『L.A. Shit』をリリースした彼女。困難な妊娠後期の最中にレコーディングを完遂し、数年分のデモ音源を誤って消去してしまうアクシデントを乗り越えて完成させた本作は、トレンドに流されない無骨なアティチュードとリアルな楽曲美学が凝縮された注目のセカンド・アルバムです。

プロデュースを務めたのはインディー界の重鎮シンガーソングライターChris Cohen。彼をはじめ、Emily Elhaj(ベース/Angel Olsen作品等)、Dylan Hadley(ドラム/White Fence)、Tyler Cash(ピアノ)、Tim RamseyやConnor “Catfish” Gallagher(ペダル・スチール)といった豪華な演奏陣が集結しました。短編小説のようにディテールに富んだストーリーテリングと、カントリー、ソウル、アメリカーナ、インディー・ロックがシームレスに交錯するサウンド、そしてChris Cohenによる空間を活かした繊細なプロダクションが、GracieHorseのスモーキーで深みのあるヴォーカルの魅力を最大限に引き出しています。

アルバムのオープニングを飾る先行シングル「5 Card Stud」は、スモーキーで骨太なカントリー・ロックの魅力を余すところなく提示する強力なトラックです。ポーカーに興じる友人たちの会話やスラングに着想を得て制作された本作は、「幸運」の本質や人々がそれを何に委ねるかを問いかけるもの。ボタニカで手に入れた幸運の根っこ(Lucky Hand Root)に導かれるように生まれたという軽妙なエピソードとともに、贅沢なペダル・スチールの音色と堂々としたヴォーカルが重なり合い、アルバム全体への期待を最高潮に高める見事な先陣を切っています。


GracieHorse – “5 Card Stud”

ロサンゼルスを拠点に活動するシンガーソングライターGracieHorse(Gracie Jackson)が、アルバム『Breaking and Entering』のリリース発表とともに、オープニングを飾る先行シングル「5 Card Stud」を公開しました。かつてボストンのファズ・ロック・バンドFat Creepsを率いた経歴を持ち、2023年のソロ・デビュー作『L.A. Shit』でも異彩を放った彼女。過酷な妊娠後期の最中に録音され、数年分のデモ音源を誤って消去してしまうトラブルを乗り越えて完成した本作は、インディー界の重鎮Chris Cohenをプロデューサーに迎え、伝統的なアメリカーナやカントリー・ロックの骨組みに現代的なインディー・センスを融合させた躍動的な一曲となっています。

Chris Cohen(ギター)をはじめ、Emily Elhaj(ベース/Angel Olsen作品等)、Dylan Hadley(ドラム/White Fence)、Tyler Cash(ピアノ)ら豪華なミュージシャン陣がバックを固める本作は、ポーカーに興じる友人たちの会話やスラングに着想を得て制作されました。ボタニカ(呪術・民間療法ショップ)で手に入れた幸運の根っこ(Lucky Hand Root)に導かれるように生まれたというリリックは、「幸運」の本質や人々がそれを何に委ねるかを問いかけるもの。スモーキーで深みのある表情豊かなヴォーカルと贅沢なペダル・スチールの音色が重なり合い、一切の誤魔化しがない彼女の堂々としたアティチュードを鮮烈に印象づけています。


GracieHorse – ‘What I’m Missing’

GracieHorseの “What I’m Missing” について

「カリフォルニアに引っ越したとき、私は長い間ホームシックにかかり、パンデミックもその助けにはなりませんでした。昔からの友人や家族、よく一緒に遊んだものなどが恋しくなりました。東海岸と西海岸では、人々の話し方や社交性に文化の違いがあるのは確かです。私はマサチューセッツでの生活を懐かしむようになりました。これが本当に人々が話していることなのか」と思う日もありました。私は一人でいても大丈夫なんだ “と。このシュルレアリスム的なイメージは、私の新しい環境の無気力さと不条理さを表現するもので、当時はそれしかないと思っていたんです」。