「正解のない問い」を突きつけられ、鑑賞後もしばらく席を立てなかった。そんな強烈な余韻を残す作品ばかりが揃った。
ここにある20本に通底しているのは、自分の立っている地面がふとした瞬間に崩れるような、静かな、あるいは暴力的な「変容」の物語。信じていた平穏や「自分らしさ」という仮面がいとも容易く剥ぎ取られ、剥き出しの自己と対峙せざるを得なくなる瞬間。そのひりつくような緊張感が、どの作品にも通奏低音として流れている。
目を背けたくなるような人間の業や、心の奥底に沈めたはずの孤独。それらをスクリーン越しに突きつけられる体験は、決して心地よいものだけではない。しかし、その痛みや違和感の先にしか見えない、震えるほどに美しい「生」の瞬間があることを、これらの映画は教えてくれた。
2025年に日本で公開されたものから選びました。
20. 入国審査 – Upon Entry
移住のために、バルセロナからNYへと降り立った、ディエゴとエレナ。エレナがグリーンカードの抽選で移民ビザに当選、事実婚のパートナーであるディエゴと共に、憧れの新天地で幸せな暮らしを夢見ていた。ところが入国審査で状況は一転。パスポートを確認した職員になぜか別室へと連れて行かれる。「入国の目的は?」密室ではじまる問答無用の尋問。やがて、ある質問をきっかけにエレナはディエゴに疑念を抱き始める──オフィシャルより
盤石に積み上げたはずの日常が、入国審査というわずかな隙間から瓦解していく。一時間という短尺ながら、限定された空間と最小限の登場人物で構築される緊張感は、一分ごとに密度を増していく。雄弁な瞳の演技が、表出しない苦悩や剥き出しの人間性を静かに物語り、冷徹な追及者がもたらす重圧が観る者の心に深く突き刺さる。平穏な未来が暗転する不条理を通し、生を根底から揺さぶる心理的な緊迫を鋭利に描き出した。
19. 異端者の家 – Heretic
シスター・パクストンとシスター・バーンズは、布教のため森に囲まれた一軒家を訪れる。ドアベルを鳴らすと、出てきたのはリードという気さくな男性。妻が在宅中と聞いて安心した2人は家の中で話をすることに。早速説明を始めたところ、天才的な頭脳を持つリードは「どの宗教も真実とは思えない」と持論を展開する。不穏な空気を感じた2人は密かに帰ろうとするが、玄関の鍵は閉ざされており、助けを呼ぼうにも携帯の電波は繋がらない。教会から呼び戻されたと嘘をつく2人に、帰るには家の奥にある2つの扉のどちらかから出るしかないとリードは言う。信仰心を試す扉の先で、彼女たちに待ち受ける悪夢のような「真相」とは——オフィシャルより
信仰と疑念をめぐる緻密なパズル。監禁劇という定型を借りつつ、知的な対話と象徴的な記号が観る者を迷宮へと誘う。親しみやすいカリスマ性を武器に変え、日常的な怪物へと変貌する男の不気味さと、対照的な危うさを抱えた少女たちの人間模様が、閉塞感漂う空間で交錯する。安易な驚かしに頼らず、情報の断片を滴り落とすことで心理的な包囲網を狭めていく。盤上の遊戯のように仕組まれた罠の中で、出口のないサスペンスが加速し、信念の根源を鋭く問い直す。
18. 終わりの鳥 – Tuesday
余命わずかな15歳の少女チューズデー。母ゾラと暮らす彼女の前に、しゃべって歌う変幻自在な1羽の鳥が舞い降りる。それは地球を周回して生きものに命の終わりを告げる「デス」という名の鳥だった。チューズデーはデスをジョークで笑わせ、外出中のゾラが帰ってくるまで自分の命を引き延ばすことに成功する。やがて帰宅したゾラは鳥の存在に畏れおののき、愛する娘のもとから遠ざけるべく暴挙に出るが…オフィシャルより
死の受容をめぐる深遠な寓話。余命わずかな少女と、現実を拒絶する母の前に、言葉を操る鳥の姿をした「死」が訪れる。奇妙で滑稽な設定ながら、物語は死の本質や、その使者が背負う重責という未知の領域へと踏み込む。悲しみとユーモア、怒りと慈しみが交錯する中で描かれるのは、終焉との和解、そして生の肯定だ。既存の死生観を揺さぶり、不条理なほどに美しい新たな光で、命の終わりの景色を鮮やかに塗り替える。
17. 顔を捨てた男 – A Different Man
顔に極端な変形を持つ、俳優志望のエドワード。隣人で劇作家を目指すイングリッドに惹かれながらも、自分の気持ちを閉じ込めて生きる彼はある日、外見を劇的に変える過激な治療を受け、念願の“新しい顔”を手に入れる。過去を捨て、別人として順風満帆な人生を歩み出した矢先、目の前に現れたのは、かつての自分の「顔」に似たカリスマ性のある男オズワルドだった。その出会いによって、エドワードの運命は想像もつかない方向へと猛烈に逆転していく───オフィシャルより
アイデンティティの不条理な解離を、内省的かつ痛切に描き出す。外見という檻から解放され、望んだはずの「理想の姿」を手に入れてもなお、内面の脆弱さに囚われ続ける男の肖像。対極的な自信を放つ他者の出現が、自己受容の欠如を残酷に浮き彫りにする。現代社会が課す男性的価値観や外貌至上主義への鋭い風刺を交えつつ、真の自己とは何かを問い直す。虚構と現実が混迷する中で、人間の業と孤独を冷徹かつ慈悲深く見つめた一作。
16. バード ここから羽ばたく – Bird
世界の片隅に生きる孤独な少女に訪れた、魔法のような4日間を描いた青春映画。郊外の下町で、シングルファザーのバグと暮らす12歳の少女ベイリー。やり場のない孤独を募らせていた彼女は、草原で服装も言動も奇妙な謎の男・バードと知り合う。バードのぎこちない振る舞いの中にピュアな何かを感じ取ったベイリーは、両親を捜しているという彼を手伝うことになるが…… オフィシャルより
苛烈な現実のただ中で、静かに、しかし力強く息づく生を捉えた記録。困窮という重圧にさらされた世界に、Fontaines D.C.の研ぎ澄まされた楽曲が鳴り響き、剥き出しの衝動と呼応する。未熟さと強靭さを併せ持つ少女の瞳や、包み込むような慈しみが、過酷な日々に光を灯す。悲劇を美化せず、利己的で愛おしい人間性をありのまま投影し、絶望の隙間に漂う魔法のような美しさと、そこに宿る不屈の希望を鮮やかにすくい上げた。
15. リアル・ペイン 心の旅 – A Real Pain
かつて兄弟同然に育ち、近年は疎遠となっていた従兄弟同士、デヴィッドとベンジーが数年ぶりに再会した。亡くなった最愛の祖母を偲んで、彼女の故郷ポーランドを旅するためだ。参加した史跡ツアーでの新たなる出会い。旅の先々で揺れ動く感情。正反対の性格ながら互いに求める“境地”は重なり合う、そんな2人がこの旅で得たものとは?オフィシャルより
軽妙な旅路の中に、ホロコーストという巨大な歴史の傷跡を対比させる知的な脚本術が光る。人間の二面性と、その境界に潜む真実を鮮やかに描いた物語だ。一見「負」に見える振る舞いが光へと転じる様を通し、物事が白黒で割り切れない複雑さを繊細に映し出す。影の中にこそ宿る美しさが思考を刺激し、短期間で育まれる温かな連帯も心に響く。割り切れない人間性の機微を静かな説得力で描き出し、他者と繋がりゆくことの尊さを問いかける。
14. 私たちが光と想うすべて – All We Imagine as Light
インドのムンバイで看護師をしているプラバと、年下の同僚のアヌ。二人はルームメイトとして一緒に暮らしているが、職場と自宅を往復するだけの真面目なプラバと、何事も楽しみたい陽気なアヌの間には少し心の距離があった。プラバは親が決めた相手と結婚したが、ドイツで仕事を見つけた夫から、もうずっと音沙汰がない。アヌには密かに付き合うイスラム教徒の恋人がいるが、お見合い結婚させようとする親に知られたら大反対されることはわかっていた。そんな中、病院の食堂に勤めるパルヴァティが、高層ビル建築のために立ち退きを迫られ、故郷の海辺の村へ帰ることになる。揺れる想いを抱えたプラバとアヌは、一人で生きていくというパルヴァティを村まで見送る旅に出る。神秘的な森や洞窟のある別世界のような村で、二人はそれぞれの人生を変えようと決意させる、ある出来事に遭遇する─オフィシャルより
喧騒極まるムンバイを舞台に、三人の女性の生が静謐な光の中に浮かび上がる。家父長制や都市の非情な変容に抗いながら、彼女たちが手繰り寄せる愛と自立への軌跡。瞑想的な律動と詩情豊かな映像が、過酷な現実を夢幻的な美しさへと昇華させる。最小限の対話と繊細な筆致で描かれるのは、孤独を抱えつつも互いに共鳴し、連帯を深めていく魂の営み。変転する社会の隙間で、静かに、しかし鮮烈に息づく女性たちの尊厳を捉えた叙情詩。
13. アイム・スティル・ヒア – Ainda estou aqui
1970年代、軍事独裁政権が支配するブラジル。元国会議員ルーベンス・パイヴァとその妻エウニセは、5人の子どもたちと共にリオデジャネイロで穏やかな暮らしを送っていた。しかしスイス大使誘拐事件を機に空気は一変、軍の抑圧は市民へと雪崩のように押し寄せる。ある日、ルーベンスは軍に連行され、そのまま消息を絶つ。突然、夫を奪われたエウニセは、必死にその行方を追い続けるが、やがて彼女自身も軍に拘束され、過酷な尋問を受けることとなる。数日後に釈放されたものの、夫の消息は一切知らされなかった。沈黙と闘志の狭間で、それでも彼女は夫の名を呼び続けた――。自由を奪われ、絶望の淵に立たされながらも、エウニセの声はやがて、時代を揺るがす静かな力へと変わっていく。オフィシャルより
独裁政権下のブラジルで、突如奪われた日常と「不在」の父をめぐる家族の年代記。政治的悲劇を声高に告発するのではなく、愛する者の行方を知らぬまま生きる人々の静かな喪失感と、不屈の尊厳に焦点を当てる。抑制された演技が、言葉にならない悲痛と母としての強靭さを多層的に描き出す。一家族の受難を通して、民主主義の脆さと人間の精神の気高さを問いかける本作は、普遍的な感動を呼び起こす魂の記録である。
12. 聖なるイチジクの種 – The Seed of the Sacred Fig
市民による政府への反抗議デモで揺れるイラン。国家公務に従事する一家の主・イマンは護身用に国から一丁の銃が支給される。しかしある日、家庭内から銃が消えた——。最初はイマンの不始末による紛失だと思われたが、次第に疑いの目は、妻、姉、妹の3人に向けられる。誰が?何のために?捜索が進むにつれ互いの疑心暗鬼が家庭を支配する。そして家族さえ知らないそれぞれの疑惑が交錯するとき、物語は予想不能に壮絶に狂いだす——オフィシャルより
国家の司法システムに取り込まれた父と、抑圧に抗う母娘。家父長制の歪みが家族の絆を「聖なる実」のごとく締め上げ、崩壊へと追い込む様を、イランの凄惨な現実と交錯させながら描き出す。野心と信仰の狭間で狂気に走る父の姿は、国家そのものの象徴だ。緊迫したスリラーの形式を借りて、沈黙を破り覚醒する女性たちの強靭さを照射する。虚構を突き破る実録映像の熱量が、世代間の断絶と再生を鋭く突きつけ、自由を渇望する魂の叫びとして響き渡る。
11. エミリア・ペレス – Emilia Perez
弁護士リタは、メキシコの麻薬カルテルのボス、マニタスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受ける。リタの完璧な計画により、マニタスは姿を消すことに成功。数年後、イギリスで新たな人生を歩むリタの前に現れたのは、新しい存在として生きるエミリア・ペレスだった…。過去と現在、罪と救済、愛と憎しみが交錯する中、彼女たちの人生が再び動き出す⸺オフィシャルより
麻薬カルテルの首領が性別移行を経て新たな生を模索する、大胆不敵で独創的なエンターテインメント。犯罪ドラマにミュージカルの語り口を融合させ、階級社会の闇を背景に、贖罪と自己解放への渇望を鮮烈に描き出す。三人の女性たちの運命が交錯する中で、音楽は心理の深淵を映し出す装置として機能し、物語に深い情緒を刻む。既存の枠組みを破壊し、美しさと歪みが共存する変容のプロセスを圧倒的な熱量で描き切った。
10. ANORA アノーラ – Anora
NYでストリップダンサーをしながら暮らす“アニー”ことアノーラは、職場のクラブでロシア人の御曹司、イヴァンと出会う。彼がロシアに帰るまでの7日間、1万5千ドルで“契約彼女”になったアニー。パーティーにショッピング、贅沢三昧の日々を過ごした二人は休暇の締めくくりにラスベガスの教会で衝動的に結婚!幸せ絶頂の二人だったが、息子が娼婦と結婚したと噂を聞いたロシアの両親は猛反対。結婚を阻止すべく、屈強な男たちを息子の邸宅へと送り込む。ほどなくして、イヴァンの両親がロシアから到着。空から舞い降りてきた厳しい現実を前に、アニーの物語の第二章が幕を開けるオフィシャルより
現代の「シンデレラ・ストーリー」を、暴力的なまでの疾走感と剥き出しのリアリズムで解体した傑作。ブルックリンの性労働者の女性がロシア富豪の息子と結ばれる夢幻は、階級という冷徹な壁を前に、一転して滑稽で過酷な闘争へと変貌する。強靭さと脆さを併せ持つ主人公の瞳を通し、消費される身体と真の人間的慈しみの断絶を鋭く投影。虚飾を剥ぎ取った先に残る孤独と、予期せぬ優しさに震える魂を、誠実かつ鮮烈に描き出した。
9. サブスタンス – The Substance
元トップ人気女優エリザベスは、50歳を超え、容姿の衰えと、それによる仕事の減少から、ある新しい再生医療<サブスタンス>に手を出した。接種するや、エリザベスの背を破り脱皮するかの如く現れたのは若く美しい、“エリザベス”の上位互換“スー”。抜群のルックスと、エリザベスの経験を持つ新たなスターの登場に色めき立つテレビ業界。スーは一足飛びに、スターダムへと駆け上がる。一つの精神をシェアする存在であるエリザベスとスーは、それぞれの生命とコンディションを維持するために、一週毎に入れ替わらなければならないのだが、スーがタイムシェアリングのルールを破りはじめ―オフィシャルより
若さへの執着と自己嫌悪が、肉体を侵食し異形へと変貌させるボディ・ホラーの極致。ハリウッドの過酷な美の規範と女性の客体化を、デヴィッド・クローネンバーグを彷彿とさせる鮮烈な視覚表現で痛烈に風刺する。「理想の自分」を生み出す薬がもたらす自己の乖離と共食いは、鏡の中の他者との終わりなき闘争だ。グロテスクなまでに誇張された造形を通し、虚栄の果てに崩壊するアイデンティティと、生の執念を凄惨かつ華麗に描き出した。
8. ガール・ウィズ・ニードル – Pigen med nalen
第一次世界大戦後のコペンハーゲン。お針子として働くカロリーネは、アパートの家賃が支払えずに困窮していた。やがて勤め先の工場長と恋に落ちるも、身分違いの関係は実らず、彼女は捨てられた挙句に失業してしまう。すでに妊娠していた彼女は、もぐりの養子縁組斡旋所を経営し、望まれない子どもたちの里親探しを支援する女性ダウマと出会う。他に頼れる場所がないカロリーネは乳母の役割を引き受け、二人の間には強い絆が生まれていくが、やがて彼女は知らず知らずのうちに入り込んでしまった悪夢のような真実に直面することになる。オフィシャルより
第一次世界大戦後の窮乏する社会を背景に、極限状態に置かれた女性の絶望と生存の闘いを描く。モノクロの硬質な映像美が、腐食した都市の風景と貧困層への冷徹な視線を鮮明に浮き彫りにする。実在の事件をモチーフにしつつも、焦点を当てるのは猟奇性ではなく、弱者を共犯者へと追い込む社会の構造的暴力だ。不条理な現実に侵食され、傷を負いながらも歩む魂の軌跡を、逃げ場のない息苦しさとともに鋭利に描き出した。
7. フォーチュンクッキー – Fremont
カリフォルニア州フリーモントにあるフォーチュンクッキー工場で働くドニヤは、アパートと工場を往復する単調な生活を送っている。母国アフガニスタンの米軍基地で通訳として働いていた彼女は、基地での経験から、慢性的な不眠症に悩まされている。ある日、クッキーのメッセージを書く仕事を任されたドニヤは、新たな出会いを求めて、その中の一つに自分の電話番号を書いたものをこっそり紛れ込ませる。すると間もなく1人の男性から、会いたいとメッセージが届き…オフィシャルより
異郷の空の下、言葉を紡ぐ術を失った孤独な魂が、小さな菓子の空洞に密かな願いを託す。かつて戦地で他者の声を繋いだ彼女は今、静まり返った街で、誰にも届かない自身の沈黙を抱えて立ち尽くしている。モノクロームの端正な映像が映し出すのは、眠れぬ夜の永さと、他者との邂逅を待つ繊細なためらいだ。日常の微熱を掬い取るようなミニマリズムの極致を通して、異邦の地で孤立する魂が再び世界と繋がりゆく予兆を、ささやかな希望の断片として慈しみ深く描き出した。
6. MELT メルト – Het Smelt
ブリュッセルでカメラマン助手の仕事をしているエヴァは、恋人も親しい友人もなく、両親とは長らく絶縁している孤独な女性。そんなエヴァのもとに一通のメッセージが届く。幼少期に不慮の死を遂げた少年ヤンの追悼イベントが催されるというのだ。そのメッセージによって13歳の時に負ったトラウマを呼び覚まされたエヴァは、謎めいた大きな氷の塊を車に積み、故郷の田舎の村へと向かう。それは自らを苦しめてきた過去と対峙し、すべてを終わらせるための復讐計画の始まりだった……オフィシャルより
凍りついた過去を解かすため、自ら破滅的な幕引きを企てる女の壮絶な回顧録。静かに狂気を孕む現在の歩みと、少女時代に刻まれた癒えぬ傷跡が、緊密な編集によって重なり合う。青春の感傷を排し、暴力的なまでの剥き出しの描写でトラウマの根源を暴き出す。氷塊という沈黙の装置が溶けゆく中、伏せられた殺意が終局へと収束する。不条理な現実に抗う術を持たなかった子供時代への、凄惨で、あまりにも静謐な鎮魂歌。
5. 九月と七月の姉妹 – September Says
生まれたのはわずか10か月違い、一心同体のセプテンバーとジュライ。我の強い姉は妹を支配し、内気な妹はそれを受け入れ、互いのほかに誰も必要としないほど強い絆で結ばれている。しかし、二人が通うオックスフォードの学校でのいじめをきっかけに、姉妹はシングルマザーのシーラと共にアイルランドの海辺近くにある長年放置された一族の家<セトルハウス>へと引っ越すことになる。新しい生活のなかで、セプテンバーとの関係が不可解なかたちで変化していることに気づきはじめるジュライ。「セプテンバーは言う──」ただの戯れだったはずの命令ゲームは緊張を増していき、外界と隔絶された家の中には不穏な気配が満ちていく……オフィシャルより
排他的な絆で結ばれた姉妹の、危うくも濃密な共依存を描くサイコロジカル・ドラマ。アイルランドの静かな風景の中に、外界を拒絶し二人だけの言語とルールで生きる姉妹の歪な支配関係が浮かび上がる。日常の皮を被った違和感は、ある一線を越えた瞬間、現実と虚構の境界を崩壊させていく。ギリシャ・ウェーブの系譜を継ぐ奇妙な緊張感と、神話的な閉塞感。他者が介在できない聖域で、血縁という名の呪縛が美しくも残酷な変貌を遂げる様を、静謐な狂気とともに描き出した。
4. ブラックバード、ブラックベリー、私は私 – Shashvi shashvi maq’vali
ある日、ジョージアの小さな村に住む48歳のエテロは、ブラックベリー摘みの最中、美しい声でさえずるブラッグバード(黒ツグミ)に吸い寄せられるように、崖から足を踏み外し転落してしまう。何とかひとりで崖から這い上がったエテロは臨死体験をした。それは、村人たちが自分の遺体を川から引き揚げるところを目撃する、というもの。自分の店に戻り手当てをしていると、いつものように配達員のムルマンが仕入れ品を持ってやって来た。商品を棚に並べるムルマンの首筋、腕、顔…その姿をじっと見つめるエテロ。彼女はそのまま人生で初めて男性と肉体関係を持つ。そして、その時を境に彼女の運命が変わり始める…オフィシャルより
ジョージアの静かな村で、独身を貫き「規範」の枠外で生きてきた中年の女。死の淵をのぞき込んだ危うい一瞬が、長年彼女を縛り付けてきた亡霊や因習からの解放を告げる。日常の彩りは一変し、隠やかなユーモアとともに、誰のためでもない「自分自身」のための生が脈動し始める。周囲の喧騒をよそに、成熟した魂が瑞々しい欲望と孤独を肯定していく過程。過ぎ去った時間と未来が交差する地平で、静かに、しかし力強く再生する個の尊厳を、野に咲く果実のような素朴さと美しさで描き出した。
3. RED ROOMS レッドルームズ – Red Rooms
人気ファッションモデルのケリー=アンヌのささやかな日課は少女たちを拉致、監禁、拷問、そして死に至るまでを撮影し、ディープウェブ(通称:RED ROOMS)上で配信していたとされる容疑でメディアを賑わせているルドヴィク・シュヴァリエの裁判の傍聴だった。彼女はなぜ彼に執着するのか、審判の先に見たものは――オフィシャルより
デジタル時代の深淵に潜む、倫理なき好奇心と執着を解剖したサイコスリラー。凄惨な事件を「娯楽」として消費する現代の歪んだ感性を、直接的な暴力描写を排しながら、静謐かつ冷徹な映像で描き出す。裁判という現実の場と、ダークウェブという仮想の闇を行き来する主人公の、底知れぬ瞳と予測不能な行動が観る者の神経を逆撫でする。情報の断片と緻密な演出によって、暴力そのものよりも残酷な「人間の業」を浮かび上がらせ、思考を麻痺させるほどの強烈な余韻を残す。
2. テレビの中に入りたい – I Saw the TV Glow
毎週土曜日22時半。謎めいた深夜のテレビ番組「ピンク・オペーク」は生きづらい現実世界を忘れさせてくれる唯一の居場所だった。ティーンエイジャーのオーウェンとマディはこの番組に夢中になり、次第に番組の登場人物と自分たちを重ねるようになっていく。しかしある日マディは去り、オーウェンは一人残される。自分はいったい何者なのか?知りたい気持ちとそれを知ることの怖さとのはざまで、身動きができないまま、時間だけが過ぎていくーオフィシャルより
90年代の深夜番組が放つ不気味な光に、寄る辺ない孤独を預けた少年少女の変遷劇。虚構と現実が混濁する中で、自らのアイデンティティをテレビ画面の向こう側に投影し、異形の救済を求める姿をリンチ的な悪夢の質感で描き出す。成長という名の強制的な現実への連行が、かつての聖域を単なるノスタルジーへと変えていく。内面の欠落を埋めるために闇を欲した「はみ出し者」たちが、戻れない場所へと沈みゆく様を、美しくも絶望的な詩情で綴った喪失の記録。
1. FEMME フェム – Femme
ナイトクラブのステージで観客を魅了するドラァグクイーン、ジュールズ。ある夜、ステージを終えた彼は、タトゥーだらけの男プレストンと出会う。だが、その出会いは突然、憎悪に満ちた暴力へと変わり、ジュールズの心と体には深い傷が刻まれる。舞台を降り、孤独な日々を送りながら、彼は痛みと向き合い続けていた。数ヶ月後、偶然立ち寄ったゲイサウナでジュールズはプレストンと再会する。ドラァグ姿ではない彼を、プレストンは気づかぬまま誘う。かつて憎悪に駆られジュールズを襲った男が、実は自身のセクシュアリティを隠していたことを知ったジュールズ。彼はその矛盾を暴き、復讐を果たすため、密会の様子を記録しようと計画する。ところが、密会を重ねるたび、プレストンの暴力的な仮面の奥にある脆さと葛藤が浮かび上がる。プレストンの本質に触れるたび、ジュールズの心にもまた説明のつかない感情が芽生え始める。待ち受けるのは復讐か、それとも──オフィシャルより
憎悪の傷跡から芽生える、倒錯した情愛と復讐の相克を描く。社会が強いる「男らしさ」の檻に閉じ込められた加害者と、アイデンティティを蹂躙された被害者。暴力によって交錯した二人の世界は、共依存的な緊張感の中で互いの境界を融解させていく。虚飾を排したリアリズムが、痛みを媒介に結ばれる魂の複雑な機微を照射する。敵対と渇望が表裏一体となった逃げ場のない関係性の果てに、既存の倫理観では測れない、残酷で美しき「愛」の形を突きつけた衝撃作。

